古今亭志ん生『なめくじ艦隊』(ちくま文庫)

だから、この世界で生きぬくためには、一にも二にも辛棒ですナ。そして自分の腕をみがくこと、これ以外はないんです。

引用の前後には、志ん生が強情で引き立ててもらおうという気がなく、先輩やらにおべっかを使わなかったということが書かれていた。

ただもうお客さんを喜ばせて帰すことが、自分の責任だと考えておけばいい。自分で楽しんではいけない。自分で楽しむんならおあしを出さなければならない。商売は楽しいもんじゃないんですよ。
(中略)
あたしなんか、高座へ上がってお客の様子を見ると、今夜のお客さんは、どういう噺を喜ぶだろうかということが大体わかりますよ。
(中略)
これがあたしたちの頭を使うところです。それにはもっと突っこんで、客の相を知る必要がある。そのためには、はなに何かいって、さぐりを入れてみる。それが落語でいう「まくら」なんですよ。この「まくら」で、なにを言っても感じないようなのは、こりゃア団体だナとか、はじめて聞く人だナというようなことがわかるから、そういう人に打ってつけの噺をパッともっていく。たいがい当たりますよ。

あたしだって、自分でやってみて、自分よりたしかにうまい、その人のようには出来ないことをさとったら、いさぎよくその噺はすてちまう。それがわからないようなこっちゃダメですよ。
だいたい噺てえものは、人の噺をきいてみて、「こいつは自分よりまずいナ」と思うと、それは自分と同じくらいの芸なんですよ。やっぱし人間てえものには、多かれ少なかれうぬぼれてえものがあるんですからね。それから「こいつは自分と同じくらいだナ」と思うくらいだと、自分より向うの方が上なんですよ。だから、「こいつは自分よりたしかにうめえ」と思った日にゃ、格段のひらきがあるもんです。