弱者としてのブロガー

人間なんて強くない、というところから出発しないと、多くのブロガーがおちいっている自己顕示欲の肥大からは逃れられない。素人は、はてブ登録数とかアクセス数とかに拘らないで、必要最小限のものを書くことでしか平衡をたもてない。なぜなら、弱い人間は、必ず自分の表現を歪めるからだ。強く見せようとして、表現を歪める。いわゆる筆圧の強い「文体」になってしまう。
「文体」と鍵括弧を使ったのは、それは文体というには少し拙劣だからだ。中上健次の筆圧の強さは文体とよべるだろう。しかし、中上には多彩な文辞があった。それがないと、ただ力みかえった文章になってしまう。また、そういう文章は、えてして、自分をごまかすためにつかわれる。強くみせるのは、人をごまかすためではなく、まず自分をごまかそうとしているからだ。つまり自己顕示のために自己暗示をかけているわけだ。嘘もいいつづければ本当になるものだが、嘘もつもれば本当かどうかわからなくなる。それも、自分のこととなればなおさら、みわけは困難になる。そういうものをいっぱい抱えこんで、どんどん量産されるブロガーの文章は、一人歩きして、いつのまにか自分とはほどとおい場所にたどりつくだろう。
ブログを辞める理由には、いろいろなトラブルや事情があるだろう。けれども、もっとも多い理由は、自分の書きたかったことが書けなくなってしまったことに、気づいたときなのではないかと僕は思う。