なんでも簡潔がいいかと言えばそうでもない

ここずっと、ウェブでは簡潔な文章がもっとも良いとされてきた。ユーザビリティとしても、文章の最初にサマリーを置けという。モニタの文字を見続けるのがツライだとか、まあそんな理由だったと思うが、なんでもかんでも簡潔なのが良いというのも困ったものだと思う。
僕みたいな文章の素人は、文章で伝えるということに大変な困難を覚える。何度も言い換えて同じことを繰り返してみたり、専門用語を使って読者層を絞ったりして、なんとか読んで理解してもらおうとする。だから一行とか二行とかに要約しろと言われても、そこにあらぬ誤解が生まれることを思うと、おいそれとは従えない。ただでさえ誤解の種がそこかしこに蒔かれている素人の文章書きが、短い文章でしか表現が許されないとなると、誤解される確率が上がるのは必定というものだろう。
また、新聞記事のような要約可能な文章ならばまだしも、たとえば文学のような、要約のしようがないところに大きな特徴をもつものは、要約が必須条件とならない。
基本的に、要約はそれ自体として成立しないものだ。結果のみを述べても、それに至るまでの証明が必要だ。証明のためにはデータがいるし、その前には仮説がいる。したがって、要約を先に述べるにしても、やはり後には相応の長さをもった文章が控えていることになる。
ウェブサービスで文字数が極めて少ないものが多くなってきて、それに関する紛糾が多いのも、原因のひとつにこれがあることは、言を俟たない。

ウェブサービスで文字数が極めて少ないもの」って言うのは、紛糾の多いもので言えばむろん、はてなブックマーク。僕も使っているけれど、ブックマークするサイトは参考になったり素晴らしかったりといったサイトばかり。まれに批判的なものがあっても、コメントはまったくしていない。コメント自体はしてもいいけれど、するならば、タグの分類では追いつかない情報を記すだけだ。タグでの分類も、ネガティブなものは一切ない。つまり、そういうふうに使えば、争いごとも起きない便利なツールだと思う。

ちなみに僕は、Macなので、8-p.info - hatebimportを使っています。これで、ウェブ上にある情報と手元にある情報がいっぺんに検索できるというわけです。