『ボヴァリー夫人』第一部

りっぱなかまえの農場である。開いた入り口ごしに、厩の中でふとった耕作用の馬があたらしい秣棚でしずかに食っているのが見えた。建物にそって大きな堆肥がおかれ、そこから湯気が立ちのぼっている。牝鶏や七面鳥にまじって五、六羽の孔雀がコー地方の養鶏場のざいたく品というかっこうで餌をついばんでいた。羊小屋は長く、穀物倉は掌のようにすべすべした壁をもって高くそびえていた。物置場のなかには大きな荷車二台と鋤四つ、それに鞭や馬の挽き具やその他道具一式。そのうち、青色の羊毛皮は納屋から落ちかかるこまかなほこりによごれていた。中庭はだんだん上り坂になり、両側は左右相称形に樹木をうえ、家鴨の群れのそうぞうしさが池のそばにひびきわたった。

「建物にそって大きな堆肥がおかれ、そこから湯気が立ちのぼっている」という描写で、まるで油絵のような情景をピシャリと伝えてくれていて、まさしく名文に違いはないものの、たとえば、「牝鶏や七面鳥」「羊小屋」「穀物倉」「物置場」は中庭のどの位置にあるのかという具体的なことはまったく分からず、分かるのは入り口ごしにあるという「厩」と、中庭を進んで行くと「上り坂にな」っていてそこの「両側」に「左右相称形に樹木をうえ」ていることくらいだ。つまり実は、僕たちは入り口と出口付近のものしか情報を与えられていないのだ。