日記

  • 気温17.6度、湿度30%、気圧11011.6Pa、晴れ。
  • 仕事。忙しい。朝、昨日買ったマンデリンを挽いてドリップし、飲みながら、m2TVで録画したschola 坂本龍一 音楽の学校「ジャズ編」(1)をみる。ゲスト講師が山下洋輔さんと大谷能生さんという豪華メンバー。第一回からみているが、とても面白いし、勉強になる。山下さんがスティーヴン・フォスターの「故郷の人々(スワニー河)」をジャズにして演奏したのを受け、教授が「左手がヨーロッパ音楽、右手がアフリカ的な音」と講義する。こういう番組を作るから、NHKには金を払ってもいいと思える。金がなきゃこんな番組はできないのだから。
  • HIVに感染した看護師の件。一般的な啓蒙の意味では、彼女に退職を求め、公然と彼女を非難するのは差別であるということでよい。が、もっと根本的なところを考えねばならない。人は差別をする。人は偏見をもっている。これをまず認めねばならない。むろん、差別をするからよいとはならない。そんな論理はどこにもない。そうではなく、まず自分は差別をする人間なんだと自覚すること。
  • 差別や偏見が非科学だというのは、むしろ科学を分かっていない人の言い草だ。科学の多くは仮説から出発する。そして証明へとつづくが、出発点である仮説は偏見にすぎない。「あの時も(あれも)そうだったからこうなんじゃないか」と。そうした思い込みや偏見によって科学が生まれる。
  • 実は、偏見も差別も、ある程度は論理的な推測で成り立っている。今回の場合、
    • 1. HIVは感染する
    • 2. 医療従事者は患者に感染させてはならない
    • 3. したがってHIV感染者は看護してはならない
  • という論理自体は問題ないわけだ。検証を加えれば、1に多大な修正を加えなければならず、したがって結論部の3も修正が必要となるのだが。